若者文化の発信地、観光都市、ベンチャー企業の集結区といった、さまざまな顔を持つ東京都渋谷区は、約 23 万人の区民を抱えています。
同区は、2016 年「渋谷区基本構想」を制定し、20 年後のビジョンの実現に向けた、区政運営の改革を断行しました。この取り組みの一環として、デジタル ワークスタイル変革を推進するにあたり、2019 年 1 月の区役所庁舎移転に伴い ICT 基盤を刷新しています。
デジタライゼーションは「一丁目一番地」“Shibuya Digital Transformation”
渋谷区 副区長の澤田 伸 氏が民間企業から副区長として就任したときは、業務推進のための統合的なインフラとなる情報プラットフォームが存在しませんでした。
「職員の業務の量、求められる質が変化する中、ICT 化が進んでいない環境で業務を進めるのはあまりに非効率であり、優秀な人材の能力を十分に活かせないと感じました」と澤田氏は振り返ります。

2020 年の東京五輪に関する都市整備に加え、高齢化や住民の多様化といった社会環境の変化によって発生する各種課題は、渋谷区職員の業務を一層複雑にしていきます。
このような環境において、いかに生産性を高めて、職員一人ひとりがその複雑な課題に対応できるだけの時間を生み出すか、本来やらなければならない仕事にかける時間を創り出すか。それが渋谷区の大きな課題となっていました。
「そのためには、システム化やデジタル化は『一丁目一番地』。最初に取り組まなければならない課題でした」(澤田氏)
同時期に、渋谷区基本構想の実現に向けて新庁舎への移転が決定し、新庁舎プロジェクト体制が組成されます。こうして渋谷区は、ワークスタイル変革を推進するためのシステム構築に取り組むことになったのです。
新庁舎移転を契機に、ワークスタイル改革を支える ICT 基盤に刷新
同区のシステム構築チームは、新庁舎移転を契機に渋谷区の ICT 基盤を刷新することとし、ワークスタイル変革を支える ICT 基盤のテーマとして 4 つの柱を定め、これらのテーマを集約した呼称を「Shibuya Digital Transformation」としました。

「ICT 基盤整備計画にあたり、総務省の提唱する自治体情報セキュリティ強靭(きょうじん)化モデルに基づく『ネットワーク分離』の設計は MCS (Microsoft Consulting Services) の協力を得て、議論を重ねました」と渋谷区 経営企画部 ICT 戦略課長 伊橋 雄大 氏は当時の状況を振り返ります。

新庁舎竣工から、新庁舎での業務開始まではわずか 3 か月。
この短期間で、ICT 基盤構築から膨大な量の業務システムのテスト、新しく標準機として導入を決めた Surface Pro 6 約 1,600 台超のキッティング、IP 電話導入、さらに 100 か所近くに及ぶ庁外拠点にも新規に回線を敷設、機器を導入するという非常に厳しいスケジュールでした。

そこでシステム構築チームは、仮庁舎の一部分で開始した「パイロットオフィス」で、新システムの一部を先行導入することで、着実な進行を図ります。早めに職員に慣れてもらうとともに、早めにフィードバックをもらうことで、段階的にシステム移行を進め、プロジェクトは順調に進行していきました。庁舎移転の約 1 か月前には ICT 基盤を先行公開し、全職員対象に Surface Pro 6 を配備、Microsoft 365 や Microsoft Teams などのコミュニケーションツールの全機能を利用できるようにしました。新しい ICT 基盤を実際に実機で体験することで操作の習熟度をあげつつ、そのフィードバックから最終チューニングを行いました。

「一足先に新オフィスの雰囲気を体験してもらうことで、職員の意識も変わっていきました」(伊橋氏)
同区がコミュニケーション基盤に Microsoft 365 を採用した理由は 2 つ。
「1 つは使いやすいこと、もう 1 つは安心して使えることです。この 2 つがそろわないと、たとえ導入しても職員の中に浸透しないと考えました」と、選定の決め手を語るのは渋谷区 経営企画部 ICT 戦略課 ICT 政策推進主査課長補佐 海老沼 茂 氏です。
渋谷区役所ではこれまでも Microsoft Office を使用してきたため、Microsoft Word や Microsoft Excel といった代表的なアプリケーションにはなじみがありました。その上で、職員同士が議論を活発にして、物事を早く決めていくためのコミュニケーション基盤が必要だったのです。
「Microsoft 365 の Teams というコミュニケーション ツールを使えば、Word や Excel などの Office アプリケーションを複数人で同時編集できることを知りました。やりとりもチャットを使え、職員が共同で仕事を進めるのに適していたのです」(海老沼氏)
Teams が区役所内のコミュニケーション ツールとして定着
会議や資料作成のスタイルも大きく変化
渋谷区は Teams を全職員のコミュニケーション ツールとして利用します。
導入後、予想外の効果や変化に驚いたと伊橋氏は語ります。
「スマホなどで日常的にトーク アプリを利用する若手職員にはチャットベースのツールはなじむと思っていましたが、年配の職員や ICT スキルの低い職員に定着するのか、不安はありました。
しかし、いざ使い始めてみると、Teams のユーザー インターフェースが優れているためか、あっという間に定着しました」(伊橋氏)
メールでのコミュニケーションはほぼなくなり、ファイル共有やチームごとの共同作業もやりやすくなったと伊橋氏。会議や議会の調整や資料の準備などにかかる時間も大幅に効率化されました。
「これまでは資料を事前に印刷して、会議室に集まり、会議後に資料を編綴 (へんてつ) していました。答弁調整のための紙のやり取りにも、膨大な手間がかかっていました。しかし、システム導入後は、サーバー上の資料を同時編集でき、議事録をその場で作ることが当たり前になりました。
Surface Pro 6 とモニターさえあればすぐに会議が始められ、今では紙の印刷はほぼなくなっています。即応が求められる答弁の事前調整もリモートで共同作業ができるようになり、会議や資料作成のやり方は大きく変わりました」(伊橋氏)
Surface Pro 6 と Teams の活用は、職員同士の助け合いも加速しています。これまで長い間 (ながいあいだ) 使われてきた庁内掲示板に代わるものとして Teams 上に新設された「相互扶助チャネル」では、困ったことを自主的に教え合ったり助け合ったりする光景が数多く見られるようになりました。Teams によるチャットベースのコミュニケーションは気軽に情報発信しやすい上に、携帯性やデザイン性に優れた Surface Pro 6 を通じて、職員の ICT の利用を促進することによって、以前の掲示板よりも活用頻度が大幅に増えています。
「今では Teams を使ったコミュニケーションが区役所の中のコミュニケーション ツールとして定着しています。もはや Teams の無い職場には戻れません」(伊橋氏)

BYOD 導入に対する懸念を払しょく

時間と場所にとらわれない働き方 (はたらきかた) の実現に向けては、BYOD (Bring your own device) の導入が貢献しています。
「BYODの導入に際しては、2 つの懸念がありました。1 つ目は『時間外も仕事をすることになるのではないか』という労務管理に関すること。2 つ目はセキュリティ面です。検討時点では否定的な意見も多くありました」と、渋谷区 経営企画部 ICT戦略課 ICT 政策推進主査 宇都 篤司 氏は BYOD 導入までの経緯を語ります。
いつでもどこでも仕事ができるということは、言い換えれば「就業時間外でも自宅にいても、仕事が追いかけてくる」ようになり、かえって長時間労働になるのではないかという懸念を持つ人も多かったとのこと。長年にわたり、決められた時間の中で、庁内のデスクで業務にあたるのが当然、という文化であったため、働き方 (はたらきかた) の大きな変化に対して保守的な意見もあったそうです。
しかし、これを強力に推進したのが澤田副区長でした。BYOD や PC の庁外利用について、トップが明確なビジョンと強いメッセージを発信したおかげで、導入が一気に進みました。
「ワークライフバランスは、1 日 24 時間の中で、うまく時間を使いながら仕事とプライベートの調和を図ることが求められます。そのためには BYOD の導入が必須だと考えました」(澤田氏)。
BYOD 導入後の評判は、「便利、快適」という声が多く、懸念された長時間労働になる事態も起こらず、出張先や外出先でも容易にメールチェックやスケジュール確認などが可能になり、大幅な業務効率化を実現しました。
持ち運びやすい Surface Pro 6 を標準機として採用したことも、PC の庁外利用や、決められたエリア内であればグループやチームごとに自由に席を選べる「グループアドレス制」にも役立っています。
「セキュリティ面でも、Microsoft Intune を利用すれば、モバイルデバイスを一括管理しガードできるため BYOD の対応も容易です。また、個人所有デバイスの領域 (連絡先や写真、アプリケーションなど) と、業務利用のアプリケーションを分けて管理できるので、職員のプライバシーを守りつつ、データの漏えいリスクを防ぐことが可能です」(宇都氏)
ICT 投資は ROI が明確
ICT 基盤を刷新し、コミュニケーションを活性化し、BYOD を取り入れて柔軟な働き方 (はたらきかた) を実現した渋谷区。しかし、まだスタートラインに立ったばかりだと澤田氏は言います。
「基盤を整えた後、本当の意味における顧客サービスに対する付加価値、生産性を高めていくことが本来の目的です。区政も経営と同じであり、経営体として 4 つの資源 (ヒト・モノ・カネ・情報) の最適化を図らなければならない。そうしてより良い、品質の高いサービスを地域や区民の方々へ提供すべきと考えています」(澤田氏)
できる限りのデジタル化を進めて、業務生産性を高め、職員の働き方 (はたらきかた) 改革をもたらし、それに基づいて、社会や地域や区民により高品質なサービスをスピーディーに提供するという責務を地方自治体は担っていると、澤田氏は続けます。
「IT や ICT への投資というのは、当然それなりのコストがかかりますが ROI を明確にすることができます。実はこれは、とても納得感のある投資手法だと考えています」(澤田氏)
20 年後の未来へ向けて、第 1 歩を踏み出した渋谷区
区民と向き合い、新しい住民サービスを創造
今回刷新した柔軟なプラットフォームの上で、新しい物事を迅速に進めていくことができるようになった、と伊橋氏は今後の展望を語ります。
「今後は先進的な事例を迅速に取り込み、職員の仕事を効率化し、新しい区民サービスを進めていく原動力になっていきたいですね」(伊橋氏)
海老沼氏は、デジタライゼーションを基 (もと) にしたワークスタイル変革を目指したこの渋谷区の取り組みは、「公務員の原点に返る」ことだと語ります。
「これまでたくさんの時間を取られていた、資料づくりや会議の調整は公務員の本分ではありません。今回の ICT 基盤整備とワークスタイル変革で、業務が効率化されて生み出せた時間は、本来公務員がやるべきだった『区民の方とお話をする、区民のことを考える』といった時間にもっともっと振り向けていけるのではないでしょうか」(海老沼氏)。
今後は Microsoft 365 の Power BI を活用して、住民サービスに役立てていきたいと展望を語るのは宇都氏です。
「たとえばご高齢の方 (かた) がどこにお住まいなのか。若年夫婦がどれだけいるのか。こういったデータに基づいて、保育施設や介護福祉サービスの検討を進めるなど、よりよい環境の整備に役立てていければと考えています」(宇都氏)。
ICT 基盤やツールはあくまでベースであり、その上で何を創造していくか、どのようなアウトプットを出せるかが真の目的であるという信条を持ち、プロジェクトを進行してきた渋谷区は、基本構想で掲げた 20 年後の未来像である、『ちがいを ちからに 変える街。渋谷区』に、着実に近づいています。
「第 1 歩はなんとか無事に踏み出せたかなと思っていますが、勝負はこれからです」(澤田氏)
渋谷区の挑戦は続きます。
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