メイン コンテンツへスキップ
業界

【DX 担当者座談会】課題に向き合いながら、着実に前進する福井県の DX

2019 年の就任当初より、杉本県知事自ら「徹底現場主義」という政策ポリシーのもと、率先して職場の働き方改革をリードし、クラウド サービスである Microsoft Teams を活用したテレワークを実践するなど、行政の DX (デジタル トランスフォーメーション) に向けて先進的に取り組む福井県。野村総合研究所が2021年 7 月に実施した『DCI (デジタル ケイパビリティ インデックス) にみる都道府県別デジタル度』調査によれば、東京・神奈川・埼玉・京都・愛知の大都市圏に次いで、福井県は 6 位にランクインする DX 先進県です。

しかし、一見順調に見える福井県の DX 推進にも、担当者が感じる課題や悩みがあると言います。県庁で働く職員は今、どんな課題を抱え、どのような思いで DX に取り組み、向き合っているのでしょうか。

福井県の DX 推進は、いわゆる「IT の専門職」ではない一般職員が大半といったメンバーで進められています。部署や IT リテラシーの枠を超えて DX を志す若手職員が集まり、自らの働き方・組織・風土の変革という大きな目的に向けて日々尽力されています。今回はこの DX 推進を担う皆さんに、これまでの実践事例と現在の葛藤、そして、これからの展望についてお話を伺いました。

全庁で進む DX、数字に表れ始めた効果

──まず、福井県が進めている DX の概要を教えてください。

岩井氏: 福井県では以前からデジタル化に取り組んでおり、2021 年 3 月には、県の政策を DX の視点で整理した「福井県 DX 推進プログラム」を作成いたしました。これまでの行政は “構想” を打ち出し、”基本計画” を定め、”実施計画” によって遂行するという段取りが当然でしたが、このプログラムはそうではありません。素早く試行錯誤していく「アジャイル開発」のように順次改訂しながら取り組んでおります。具体的には、生活・産業・行政の 3 つのテーマに対して、県民が直接利便性を感じられるような取り組みと、その基盤づくりとなる取り組みを各部局で実践しています。

福井県地域戦略部 未来戦略課 企画主査 岩井 渉 氏、福井県地域戦略部 統計情報課 ICT 戦略室企画主査 向川 友博 氏、福井県総務部人事課 行政改革グループ 主事 古田 宗寛 氏

──実際に、どのような実践をされているのでしょうか?

岩井氏: 代表的な取り組みのひとつは、統計情報課が推進している RPA (ロボティック プロセス オートメーション / Robotic Process Automation) の導入だと思います。また、DX に関連する各種コンテンツをまとめ、いつでも学べる庁内職員向けポータルサイト「DX推進のひろば」を作成し、全職員に向けて情報を発信しています。

向川氏: 2021 年から “Power Automate Desktop” という RPA ツールが無償で利用できるようになりました。私たち統計情報課は、これを活用して全職員の仕事を楽にしようと、紹介動画を作ったり、「RPA キャンプ」と名付けた研修会を実施したり、Microsoft Teams でコミュニティをつくったりして普及に努めています。

これまでに、補助金システムへのデータ転記やワクチン接種状況データの取得、メール送信などが各部局で自動化されており、デジタルツールの活用も含めると年間のべ 4,000 時間の業務を削減することができました。「デジタルを使うといいことあるぞ」という意識が広がってきたと感じます。

新聞にも取り上げられた RPA 導入効果
県庁職員用 Microsoft 365 学習サイトを開設し、Microsoft Teams や Microsoft Forms をはじめとしたさまざまな Microsoft 365 アプリケーションの紹介や実習形式の動画を公開している

古田氏: IT の専門家ではなくとも、自分たちでデジタル ツールを使ってみようという動きが少しずつ芽生えてきていると思います。人事課では「新型コロナウイルスに係るワクチン接種の予約システム」を自作しました。今年の夏に、職員向けの職域接種を県民の皆様に解放 することとなったのですが、急遽決まったため時間も予算もなく、自分たちで取り組んだローコード アプリケーションです。Microsoft 365 のアプリケーションに “Microsoft Bookings” という予約ページ作成サービスがあり、これを活用できないかという着想を得ました。

Bookings は美容室などお店の予約システムによく使われているアプリケーションです。今回はこのアプリケーションを利用して、ワクチン予約のシステムを構築いたしました。その結果、空き状況に応じた表示変更機能により「密」を回避できたことや、メールによる認証などセキュリティも充実していたこともあり、県民向けサービスとしてまったく問題無く、わずか 2 週間で作り込むことができました。当然、費用 (外注) は「0 (ゼロ)」円、リリース日はアクセス過多の処理遅延が多少ありましたがトラブルも無く、2021 年の 9 月末時点で約 2,900 件の予約、変更、キャンセル対応を自動化することができました。

小林氏: 私はデジタルの華やかな取り組みではなく、所属する産業技術課で、執務室の「フリーアドレス化」を段階的に進めています。固定席を持たず自由な場所で働けるようにすることで、コミュニケーションを活性化するとともに、オフィス空間を有効活用することが狙いです。当初は「なぜやらなきゃいけないんだ」「ロッカーや資料棚が無くなるのは困る」といったネガティブな反応もありましたが、50 年前から残っているような書類の山をどんどん処分してスペースを確保し、レイアウトを刷新しました。

石田氏: このフリーアドレス化のおかげで、オフィスのイメージが「灰色」から「ホワイト」へと前向きに変わった感覚があります。これまでのレイアウトは島型で、端に上司を配置する、いわゆる昔ながらの形でした。いまでは隣の席で管理職が仕事をしているなど、とても親近感があり相談しやすい環境になったと感じます。話し好きな上司は「いままで寂しかったけど、気軽に話しかけてもらえて嬉しい」と言っていました (笑)。

資料棚が小さく、遠くなってしまった不便さはまだ残っていますが、紙資料は PDF にしてデジタルで保存しようという意識も芽生え、DX というものが少しずつ理解できてきました。

岩井氏: こうした数々の実践が各部局で試みられているので、未来戦略課は事例共有のために「Microsoft いいね! チャレンジ」を実施しました。Microsoft Forms や Lists、Power Automate といったマイクロソフトのサービスを業務にどのように使っているのかを、Teams に投稿して、「いいね!」で投票してもらうという企画です。RPA の取り組みやワクチンの予約受付システムには、ほかの職員からの注目も集まりました。

「Microsoft いいね! チャレンジ」には多くの応募が集まり、日頃の業務の DX をより身近なものにした

変わり続けることの難しさ

── ここまでお話を伺った中では、県庁全体でとても先進的な DX の取り組みを進めているように感じます。それでも、課題感や悩みなどはおありなのでしょうか?

向川氏: 福井県庁の職員は 一般行政部門に約 2,800 人いるのですが、Power Automate Desktop を利用しているのはまだ 200 人強に過ぎません。各所属に RPA を使える職員が最低 1 人いるところまで普及するには、どうするべきか、次なる課題です。また、民間企業と比べて人事異動が多いので、RPA の引き継ぎの仕組みや、業務プロセスが変わった際のメンテナンス方法なども決めていかねばなりません。

谷口氏: 給与事務の場合、いまだにパソコンすら使わず、紙と鉛筆と電卓という、時代に逆行しているような業務スタイルです。私も最初は驚きましたが、次第に慣れてしまって、それが当たり前だと思うようになっていました。育休からの復職の場合などは1人1人計算方式が異なりとても複雑なので、「デジタルなんて無理無理」と決めつけてしまっていたのです。それでも、庁内の変化を目の当たりにし、さらに今年はソフトウェア プログラムに詳しい人が異動してきて、Excel でマクロを組むなど、少しずつ変わってきています。「給与計算もシステム化できる」と言われると、「もしかしたらできるかも!」 という雰囲気になってきました。

岩井氏: 未来戦略課としては、Teamsを活用して、DX のプロジェクトを積極的に紹介したり、庁内の実践事例を共有したりしています。初めは、ポツポツとした反応でしたが、継続して発信することで、徐々に盛り上がってきていると感じています。全職員が「DXを自分ごと」として捉えていただけるよう、さらに発信していきたいです。

石田氏: 産業技術課では、この時期は来年度の予算など内部協議が多くテレワークができていないので、フリーアドレスならではの柔軟性はまだ発揮されてないかもしれません。また、グループ単位でのフリーアドレスを先行して実施しているため、ほかのグループとの交流といったこともまだできていない状況です。

小林氏: 私はそもそも、なんでもかんでも「DX」という言葉で片付けるのは違うと思っています。人の信頼を得るのも、腹を割って話すのも、直接会うからこそです。たとえば、目の前にいるのに、どうしてチャット メッセージで済ませようとするのか。DX を推進する際は、対面のかけがえなさも意識しつつ、バランスを取りながら検討していくべきだと考えています。

── 率直な葛藤を打ち明けていただきありがとうございます。福井県と日本マイクロソフトは、「行政 × デジタル トランスフォーメーション」に関する連携協定を締結していますが、こちらについてはどのような実践をされているのでしょうか。

古田氏: 私はマイクロソフトで「オンライン派遣研修」を受けています。マイクロソフトの人事制度や働き方、コミュニケーションを学び、その良さを福井県に持ち帰ることが目的です。

これまで、マイクロソフトの多くの社内ミーティングに参加させていただきました。なかでも 50 名以上参加するような社内ミーティングでは、県庁内での実践事例を紹介することで、マイクロソフトの社員のみなさんから直接フィードバックをいただいて、行政の業務との違いや DX 推進の考え方など、大変参考になっています。さらに現時点で 20 名以上 (新卒社員から執行役員まで) のマイクロソフトの社員の方々とも 1 対 1 で面談し、そこでも多くの知見を得ております。今後は営業現場にも立ち会わせていただき、他自治体との DX 関連の意見交換にも参加させていただく予定です。マイクロソフトのように完全にデジタル化された働き方が参考になるのはもちろんのこと、マイクロソフトの社員と直接対話していると「自分がここで何をすべきなのか?」という目的意識の高さを感じて、大きな刺激を受けています。

マイクロソフトの企業文化をできる限り吸収し、最終的に人事制度改革案を杉本知事に提案する、というのが今回の企業研修 (コロナ禍のため、オンライン派遣研修) のゴールとなっています。

福井県産業労働部 産業技術課 工業・繊維グループ 主任 小林 哲朗 氏、福井県産業労働部 産業技術課 伝統工芸室 主事 石田 香奈子 氏、福井県総務部人事課 給与グループ 主事 谷口 侑希 氏

「止まらない DX」へ 福井県が目指す姿

── 最後に、福井県としての今後の展望をお聞かせ下さい。

岩井氏: アプリやサービスなどの「県民が直接利便性を感じられるような取り組み」と、人材育成や仕組みづくり、各市町村との連携といった「基盤づくりとなる取り組み」のそれぞれを高度化させていくことが第一です。福井県の DX への取り組みには「データ × AI × 機械化」という考えが根底にあり、暗黙知の可視化や予測の高度化、時間や場所からの解放を目指していきます。

具体的な計画としては、個別にやってきた事業を連携させていく予定です。福井県には「ふく割」という県民の約 4 割がダウンロードしているデジタル クーポン アプリがあるのですが、こちらと子育て応援の「ふく育」などと組み合わせることで、より利便性を向上できると思っています。

また、県庁内ではマイクロソフトのデジタルツールを使った「職場のお悩み解決プロジェクト」を始めました。まずは課題を集め、デジタル ツール(第1弾では、情報追跡、共有アプリ “Microsoft Lists”)を使った解決に取り組んでいます。第 2 弾では Power BI を予定していますが、どのような課題解決策が出てくるのか、今から楽しみにしています。

このように一歩ずつ前進しながら、将来的には、それぞれの職場で DX が止まらずに走っていくようにしていきたいと考えています

小林氏: フリーアドレスは元々職場内の情報共有やコミュニケーション活性化、ペーパーレス化をコンセプトとして挙げていました。導入してしばらく経った頃には、週に数回は部内で、残りは全体でといったように、フリーアドレスのやり方を上手に組み合わせていくことで、より業務の生産性や正確性、効率性も上がってくるのではないかと考えています。今後は他部門や外部企業とのコラボレーションをより活性化させることによって、県内の産業や技術を盛り上げて行けるといいですね。

古田氏: マイクロソフトの空気に触れる中で、私は「なんで官公庁って、窓口に来て紙に書かないと手続きができないんだろう?」と根本的な疑問を感じるようになりました。住民の利便性向上が公務員に課せられた使命のはずです。将来的には、福井県庁が提供するサービスをすべてスマートフォン 1 台で完結できるようにしてきたいな、と思っています。

将来的には、福井県庁が提供するサービスをすべてスマートフォン 1 台で完結できるようにしてゆきたい。

本当に大きな将来像なのですが、デジタル化や自動化によって 24 時間 365 日受付を実現するとしたら、職員の職務や働き方も変わっていくでしょう。これを人事制度にどう結び付けていくかというのはこれからの検討課題ではあるのですが、個々の持つスキルや働き方についてフィードバックや気づきをもらえる IT の仕組みがあるといいなと思っています。まだ導入はしていないのですがマイクロソフトの「Microsoft Viva」というサービスがあるようなので、こういったテクノロジを活用しながら新しい制度や施策を構築していければと考えています。