ヘッダーフォト 病室で会話する医師

「心房細動」は不整脈の一種で、それ自体で死に至る病気ではありませんが、重篤な脳梗塞や心不全の原因となることもあり、注意が必要とされます。ただ、健診施設や医療機関のベッドで横たわって行う短時間の心電図検査では異常が発見されない場合も多く、自覚症状がないこともあるため、非専門医にとっては診断が難しい病気のひとつです。
ヘルステックベンチャーのカルディオインテリジェンスは、日本マイクロソフトのスタートアップ支援プログラム「Microsoft for Startups」を活用し、心房細動の早期かつ簡便な診断を実現する長時間心電図解析ソフトウェア「SmartRobin®️ シリーズ」を 2020 年 11 月にリリース。2022 年 2 月にはディープラーニング技術を盛り込んだ「SmartRobin®️ AI シリーズ (以下、SmartRobin®)」を発売し、順調に導入医療機関を増やしています。本稿では、同社 COO の武智峰樹氏とスマートロビン事業開発室 室長の石橋祐理子氏に、SmartRobin®️ が医療業界に与えるインパクトと今後の展望についてお聞きしました。

武智氏のポートレイト写真

株式会社カルディオインテリジェンス
取締役 COO
武智 峰樹 氏

スマートロビン事業開発室 室長
石橋 祐理子 氏

長時間の心電図検査でもスピーディかつ高精度に結果を提示

――貴社の設立と SmartRobin®️ 開発の背景についてお聞かせください。

武智 私たちカルディオインテリジェンスは、「すべての不整脈患者を救うためテクノロジーで世界中の医療従事者をサポートする」をビジョンとして掲げ、2019 年 10 月に創業しました。従来専門医を中心に行われていた不整脈の診断をより簡便に行うための心電図解析機器を開発し、それを一般の内科医にも使っていただくことで、患者さまがより身近な場所で不整脈の検査・診断を受けられ、より早期に発見できる世の中をつくっていきたいという思いを持って事業を展開しています。
循環器の専門医である CEO 田村 (雄一氏) の心電図検査の専門知識と、AI の専門家である CTO の高田 (智広氏) をはじめとするエンジニアチームの AI やディープラーニングなどの技術の掛け合わせが私たちの最大の強みであり、そのファーストプロダクトが、SmartRobin®️ シリーズとそのエンハンス版である SmartRobin®️ AI シリーズです。私たちのサービスが普及することで、患者さまが診断機会を得やすくなる直接的な効果と同時に、心房細動が原因となる重篤な脳梗塞や心不全の患者さまも減らせると考えています。

―― SmartRobin®️ の特徴をお聞かせください。

武智 循環器の専門医は、7 日間や 14 日間といった長期間で連続した記録が取れる心電計を利用して、心房細動の有無を見極めようとします。一方で、一般の医師が行う心電図検査は 24 時間が限界でした。デバイスの機能としては長期間の記録が可能でも、コストやリソースを考えると、専門医や専門の医療機関でなければその機能を生かし切ることができないのです。そのような状況に対して、SmartRobin®️ は長期間の心電図でも高精度で簡便に診断心房細動を検出できる AI と UI を提供します。
人間の心臓は 1 日に約 10 万回心拍を打ちます。SmartRobin®️ は 70 万回や 140 万回という膨大な数の心拍のなかから、心房細動の有無あるいは波形を示すことができるのです。すなわち、長時間の心電図を扱えること、しかも結果を高精度かつスピーディに示せること。その両方を兼ね備えるのが SmartRobin®️ の大きな特徴と言えます。

参考記事:心電図データを高精度かつスピーディに解析するカルディオインテリジェンスの AI ソフトウェア開発とビジネス化をマイクロソフトが支援

武智氏ポートレイト写真

導入医療機関は順調に増加中。
さまざまな角度からブラッシュアップを行う

――医療機関への導入はどの程度進んでいるのでしょうか? またその反響はいかがですか?

武智 現在 ( 2022年 9 月)、SmartRobin®️ のユーザーはトライアルを含めると 30 施設以上に上ります。オーダー数で言えば毎月 200 件以上。数百床規模の循環器専門病院や地域の基幹病院から診療所まで、幅広い医療機関さまにトライアルにご参加いただいており、不整脈専門医から一般内科医まで、診療科や専門性も多様な先生方に使っていただいています。これから年度末に向けて、100 〜 200 の医療施設への拡大と、それに比例する形でのオーダー数増加の計画を進めているところです。

データの画面

石橋 導入医療機関からは大変有用なフィードバックをいただいています。なかでも、解析結果の返却の早さについて評価いただく声が多いですね。これまでであれば 1 週間以上かかることもあった解析結果の返却が、SmartRobin®️ であれば 7 日間分の心電図データをアップロードしてから 15 分程度の速さで、高精度な解析結果を得られます。また、UI の直感的な使いやすさについても、これまで紙のレポートで情報を受け取っていた先生方だけでなく、従来から解析ソフトウェアを使われていた先生方からも高い評価をいただいています。
一方で、膨大な情報をひとつの画面に盛り込んだ従来製品の UI に慣れている先生方からは、ほしい情報が表示されないことを不便に感じるという声もあり、対応が必要だと考えています。

――その他、リリース前に想定していなかったことはありましたか?

石橋 意外だったのは、専門医の先生方に使っていただいく事例が多かったことですね。SmartRobin®️ はもともと非専門医をメインターゲットとして開発してきましたので。この事実は、多機能な解析ソフトウェアを使わなくても、心房細動の検出に特化した SmartRobin®️ の機能だけで十分な患者層が一定数あることを示唆しています。導入された医療機関からは、これまで検査の対象になりにくかった潜在的な患者さまに対して、リソースを増やさずに検査できるようになり、結果的に検査数が増えたと評価をいただいています。

石橋氏ポートレイト写真

武智 事業展開の部分でも、思った以上に多くの問い合わせをいただいています。複数の医療機器メーカーから自社デバイスの解析を依頼できないか、という引き合いが来ていますし、解析代行を行う企業からも事業提携の打診がありました。医療機関だけでなく、これらの関連企業とアライアンスを組むことで、私たちのサービスの浸透を図るとともに長期間心電図検査の機会を増やしていければと考えています。

10 年、20 年先を見据えてプロジェクトを進行、海外展開も視野に入れる

――多くの引き合いがあるとのことですが、現在進んでいるコラボレーションもあるのでしょうか? また今後の展開についてお聞かせください。

武智 はい。まず昨年から世界最薄・最軽量クラスの長時間心電計を製造・販売する JSR 社とパッチ型心電計を活用した心電図解析サービスの共同開発を進めており、事業提携についても協議を進めているところです。また、脳梗塞予防のために使われる薬の拡販においても国内製薬企業との販売協力を進めています。
今後の展開については、いくつかの軸があります。まず一つ目は、解析対象となる不整脈の拡大です。現在は心房細動に特化していますが、今後は心房細動以外の不整脈についても解析できるサービスを提供していきたいと考えています。
二つ目は利用シーンの拡大です。現在私たちは、診断前に行う検査をサポートするソリューションを提供しています。今後はより早期の、たとえば健康診断で使えるプロダクトや、よりホームケアに近いところで、たとえばスマートウォッチで不整脈の通知を受けたあとのフォローアップで使えるようなソリューションを提供していく予定です。
さらに、SmartRobin®️ の先を見据えて 10 年計画で進めている、より野心的なプロジェクトもあります。例えば薬と組み合わせた治療など、心電図解析をさらに生かせるシーンへのソリューションの拡大。また、私たちのサービスをプラットフォーム化して、蓄積された大量のデータを医療機器メーカーや医療の専門職、あるいは患者さまに解放するといった展開も考えています。

石橋 もちろん、SmartRobin®️ の改良も続けていきます。インターネットにつながる PC があればどこでも使えるのが、クラウドサービスである SmartRobin®️ のよいところなのですが、一方でセキュリティリスクを懸念する医療機関もあるため、インターネットに接続していない電子カルテ用 PC からもアクセスできるようにしてほしいという要望は多くいただいています。また、先ほどお伝えした通り、想定していた以上に専門医にも需要があることがわかりましたので、専門医の先生方に満足していただけるような、より細かいオーダーにも対応した UI を持つシリーズの展開も視野に入れています。

武智 海外展開のための技術的・環境的な部分も整理しているところです。現在、国内での動きに並行して米国 FDA ( Food and Drug Administration /アメリカ食品医薬品局) の申請を進めています。私たちの SmartRobin®️ は技術的には海外製の心電計にも対応可能ですし、開発中の発作性心房細動 (pAf) の兆候検出器に関しては、グローバルにおいてもまだ類似製品は存在していませんから、十分な競争力を備えていると私たちは考えています。早い段階で英語対応を行って、海外展開につなげていきたいですね。
また、海外展開に向けたひとつの糸口として、日本マイクロソフトおよびグローバルのマイクロソフトに、米国のヘルステックベンチャーへのアライアンスを視野に入れた取り継ぎを相談させていただいているところです。私たちは創業以来、Microsoft for Startups に採用いただき、技術面、運用面において非常に強力なサポートをご提供いただいています。これまで Azure に起因した障害は全くありませんし、私たちのアプリケーションに問題があった場合もスピーディに対応していただき、とても感謝しています。まもなく Microsoft for Startups の契約が切れますが、その後も引き続きクラウドサービスを活用させていただく予定です。

テクノロジーが実現する医療の未来

――AI や IoT 技術が医療業界に与えるインパクトについて、どのようにお考えでしょうか?

武智 まだ具体的な成果が見える段階ではないと思います。ただ従来から言われているように、AI に限らずプログラム医療機器が増えてくると、これまでと比較にならないスピード感、コスト感で機器の機能の変化が起き得ます。つまりこれから先、明らかに医療機器の概念は変わっていくと感じています。
またそれに伴って、私たちが開発している pAf の兆候検出器もそうですが、人間には感知可能な部分で変化を検出できる機器が現れてきます。まだしばらくは病気の診断は人間が行う時代が続くと思いますが、そう遠くない将来、医療シーンの変革が起きるでしょう。私たちはそのような時代において、いかにテクノロジーを医療の中で生かしていくかを議論し、追求していく必要があると思います。

――これを読んでいる医療業界の皆さまにメッセージをお願いします。

石橋 私たちがつくっているのは、これまでよりもっと簡単に、適切な検査が行われ、早期に心房細動を発見できる仕組みです。私たちは、心房細動が発見されず、重篤な脳梗塞や心不全が引き起こされてしまう事例をひとつでも防いでいきたいと考えています。SmartRobin®️ はクラウドサービスですので、PC にインストールする必要もなく気軽にご利用いただけます。コストもこれまでの心電図検査と同等かそれ以下の費用でご利用いただけますので、ぜひ幅広い医療機関の皆さまにご検討いただければと思います。

武智 これまで一般内科医のなかには、患者さまの胸の痛みや息切れ、動悸といった日常的な症状の訴えに対して、専門的な知識や経験が必要とされる心電図解析に基づいた診断まで踏み出せない先生方も多くいらっしゃいました。私たちの SmartRobin®️ は、そういった先生方の背中を押すきっかけになると信じています。
高齢化に伴い、心房細動のリスクを持つ患者さまは加速度的に増えていきます。かかりつけ医のもとで早期に心房細動を発見できれば、脳梗塞や心不全の患者さまを大きく減らすことができます。地域医療に携わる先生方にもぜひ私たちのプロダクトを使っていただき、これから新しい治療のシーンを一緒につくっていけることを願っています。