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マイクロソフト業界別の記事

第 10 回 松井 忠三氏

生活雑貨店「無印良品」を展開する良品計画。2019 年 2 月期に 4 期連続の最高益を記録するなど好業績を続ける同社だが、2001 年 8 月の中間期には 38 億円の赤字に陥っていた。そんな最悪の経営環境で社長に就任し、V 字回復の再生を果たしたのが松井忠三氏だ。

同氏は、改革を成功に導く秘訣として「仕組み作り」を掲げる。「最短距離に見える選択肢の先に成功はありません」と強調する同氏に、経営環境が激変するとともにデジタル化が進む現在の状況の中で、企業が勝ち残るための条件を聞いた。

株式会社松井オフィス
代表取締役社長
(元 良品計画 会長)
松井 忠三氏
プロフィール
1949 年、静岡県生まれ。73 年、東京教育大学 (現・筑波大学) 卒業後、西友ストアー (現・西友) に入社。91 年、良品計画に出向。総務人事部長、無印良品事業部長を経て、2001 年に社長就任。38 億円の赤字だった同社を改革し、V 字回復・右肩上がりの成長企業に生まれ変わらせた。

07 年には過去最高 (当時) の売上高となる 1620 億円を達成。08 年から会長を務め、15 年に退任した。著書に『無印良品は、仕組みが 9 割』(KADOKAWA)、『無印良品の、人の育て方』(同)、『無印良品が、世界でも勝てる理由』(同) などがある。

■改革を進めるうえで重要なのは「仕組み作り」

昔に比べて、どのような業界でも経営環境の変化の幅とスピードが大きく上がってきています。例えば、流通業界では一昔前に勝ち組と目されていた百貨店や GMS (総合スーパー) が苦境にあえいでいます。勝ち組とされていた業態のビジネス モデルが崩れ去ろうとしているのです。近年に好業績を上げていた地域密着型スーパーやコンビニも 2017 年には陰りが見え始めています。顧客の嗜好や価値観の変化が早く、それに対応しきれていないことが原因でしょう。

こうした状況が示唆しているのは、「儲かるビジネス モデルの賞味期限が短くなってきた」ということです。デジタル テクノロジの進化によって、登場当初は革新的だと思われたビジネス モデルでも、すぐに追随される時代になったのです。これは、流通業界に限ったことではありません。

このような経営環境では、顧客ニーズの変化に対応するスピードが業績に直結するようになります。ただし、いくら変化を捉えたとしても、それをいち早く現場の行動に反映しなければ業績の向上にはつながりません。顧客や市場を常に監視して、何らかの変化をつかんだら即座に行動するという取り組みを継続しなければならないのです。経営者の視点でいえば、継続的に改革をやり切る「実行力」が明暗を分けるということになります。

私が改革を進めるうえで重視しているのは「仕組み作り」です。良品計画における改革でも最初に取り組んだのは、賃金カットでもリストラでも事業の縮小でもなく、仕組み作りでした。簡単にいうと「努力を成果に結びつける仕組み」「経験と勘を組織的に蓄積する仕組み」「ムダを徹底的に省く仕組み」です。これが良品計画を復活させる原動力になりました。仕組みは、経営の根幹に相当するものです。これがしっかり築けていないと、不振の根本的な原因は取り除けず、企業は衰退していくことになります。

良品計画における仕組み作りの象徴が、店舗で使うマニュアル「MUJIGRAM (ムジグラム)」と、店舗開発部や企画室などの本部業務をマニュアル化した「業務基準書」です。前者が約 2000 ページ、後者が約 7000 ページという分量です。この 2 つのマニュアルには、経営から商品開発、売り場のディスプレーや接客まで全てのノウハウが記述されています。

日本では「マニュアル」という言葉にネガティブなイメージがあるかもしれません。しかし、良品計画のマニュアルは社員やスタッフの行動を制限するためのものではありません。マニュアルを作り上げるプロセスが重要で、全社員・全スタッフで問題点を見つけて改善していく仕組みも取り入れています。現場の問題点を知っているのは、やはり現場の人間。マニュアルは、それを使う現場の人が作るべきなのです。

店舗での業務の仕組みも一から見直しました。以前は大きな商品が売れたとき、各店舗で閉店後に梱包・発送していましたが、これが大きな手間となっていました。それを物流センターから直接お客様へ商品を発送する仕組みに変えています。他にも社員が他企業の知恵を取り入れられる仕組みにも注力しました。以前から他社を見学する習慣はありましたが「見に行っておしまい」というケースがほとんど。そこで、しまむらをはじめ社外取締役にいくつかの企業の役員に来ていただき、他社の社員と気軽に情報交換できる関係を構築しました。

■世界にグローバル市場は存在しない、あるのはローカル市場だけ

現在、日本では世界的に見ても極端な少子高齢化が進み、多くの業界で市場が縮小すると危惧されています。ただし、業界全体の市場が小さくなっても、その中で成長している業態やサービスがあるのも現実です。流通業界でいえば、ドラッグ ストアやネット通販、外国人観光客をターゲットにした売り場やサービスなどが、この好例です。

どのような経営者でも、成功している他社の事例を参考にしているでしょう。ただし、そのまま真似をしても業績を向上させることができるとは限りません。先行者を上回るような成功を収めることは不可能です。商品やサービスの特性と市場のニーズを分析して、成功している根本的な要因を見いだし、その構造を仕組みに転換して、自社の業務に埋め込むのです。

中長期的な成長のためには、海外でのビジネスを大きく育てていくことも必要でしょう。良品計画が海外展開した際の経験で痛感したことがあります。それは、日本で成功した仕組みをそのまま持っていっても失敗に終わる可能性が高いということです。良品計画の海外店舗「MUJI」は、今でこそ売り上げが 1500 億円に手が届くところまで成長しましたが、ここにたどり着くまでには長い道のりがあり、無数の失敗を重ねてきました。

例えばヨーロッパでの失敗はその 1 つです。1991 年 7 月にロンドンで海外初となる「MUJI」の 1 号店がオープンしました。海外では現地パートナー企業と一緒にやっていたこともあり、デザインが徐々にヨーロッパ風にアレンジされていき、無印良品の世界観を正しく体現することができなくなってしまったのです。その結果、ヨーロッパでは 10 年以上も営業赤字が続きました。

海外進出というと「グローバルな視点で」とか「グローバルなマーケットに向けて情報を発信する」といったスローガンを掲げて、全世界に通用するようなモデルを作ろうとする経営者が少なくありませんが、これは誤りです。私は常々「世界にグローバル マーケットはない。あるのはローカル マーケットだけだ」と言い続けてきました。仕組みを標準化することは重要ですが、国・地域ごとに商慣習や顧客の価値観が大きく異なるので、日本での成功モデルがそのまま通用することはまずありません。

店舗で使う MUJIGRAM も国・地域ごとに変えています。現地のニーズに合わせたオペレーションが不可欠だからです。日本のものをベースに、それぞれの国・地域の商慣習や価値観に合わせて、項目を修正しています。例えば、中国では約 1400 ページの MUJIGRAM をつくっています。出店基準も異なります。日本の基準は 25 項目ですが、中国ではこれに加えて (1) 若い人がいるところ、(2) 外国人が多いところ、(3) 有名テナントがあるところ――といった項目を加えています。

私は、海外でも日本でもビジネスの本質は変わらないと考えています。勝つための構造を知り、それを業務の仕組みに転換すれば、必ず世界でも通用するはずです。

■最短距離に見える選択肢の先に成功はない

企業が導入する情報システムも、仕組み作りの一環だと考えています。業務が標準化されていなければ、作業をシステムに置き換えることはできないからです。ただし、情報システムを導入したからといって課題が解決されたと考えてはいけません。システムの導入によって業務の可視化が進めば、新たな課題が見えてくるはずです。

MUJIGRAM のようなマニュアルと同様に、現場の要望や知恵によって情報システムを改善していくことが重要です。このためには、社内の人間が情報システムを改修できるような体制も必要になってきます。私が社長に就く前には、良品計画はシステムの開発・運用を 4 社の IT ベンダーにアウトソースしていました。しかし、迅速に改善できるようにするためにシステムの内製化を進めました。

現在の流通業者にとって、デジタル テクノロジを駆使した仕組み作りが重要な課題になっています。AI (人工知能) 技術やビッグ データの分析技術など、多様化する消費者ニーズの変化を捉えられる道具立てがそろってきたからです。

Web サイト上での行動の履歴を蓄積できるネット通販業者はもちろんのこと、リアルの店舗でもカメラやセンサーからのデータと POS (販売時点情報管理) データを組み合わせて、顧客の行動を分析する取り組みが始まっています。米アマゾン・ドットコムがデジタル テクノロジを駆使して POS レジをなくしたリアルの店舗「Amazon GO」の実証実験を開始したことが象徴しているように、デジタル トランスフォーメーションに向けた取り組みでは、ネットとリアルの垣根を超えた競争が始まると予測されます。リアルの店舗を事業の中核に据えている流通業者には大きな変革が求められることになるでしょう。

デジタル トランスフォーメーションの進展によって、あらゆる業界で過去に類を見ないサービスやビジネス モデルが登場してくるでしょう。「ディスラプター (破壊者)」というキーワードが象徴しているように、既存のビジネス モデルを破壊するような競合も現れてくるかもしれません。こうした時に、経営者がどのような意思決定を下すか。これが企業の明暗を分けることになるはずです。

その際に求められることは、顧客ニーズをいかに見極めて自社の構造を迅速に変化させていくかにつきます。例えば、EC サイトで購入するときとリアル店舗で買う時とで、人はそれぞれ求めるものが違います。前者は時間短縮や省力化、コストや利便性、後者は食事もあわせ、ショッピングの体験そのものを楽しむため。今後はそれが複合的に組み合わされてくる。そうした変化と向き合い続けることが必要となるでしょう。
 
私は、これまでに重要な経営判断を迫られた際には、あえて困難な道を選んできました。私の経験からいえることは、最短距離に見える選択肢の先には大きな成功はないということです。困難な選択肢の中にこそ、真理が隠されていると考えています。最短距離の選択肢の先にイノベーションはありません。困難に見える選択肢こそが、イノベーションに結びつくのではないでしょうか。

今回の講義のまとめ

  • 「仕組み」を作れば、人は自然と行動を変えるので改革を成功に導ける
  • 海外展開では現地のローカル マーケットに合わせた「仕組み」が必要
  • 最短距離に成功なし、困難に見える意思決定こそがイノベーションに結びつく

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