今までとは比べものにならないほどの大きな変革——。GE ジャパンの社長兼 CEO (最高経営責任者) を務めるとともに日本人で唯一の本社役員である熊谷 昭彦氏は、米ゼネラルエレクトリック (GE) が推進中の企業変革を、このように表現する。今回の取り組みを端的に表現すると、ハードウェア メーカーから、ハードウェアとソフトウェアを両立する「デジタル・インダストリアル・カンパニー」へ変貌を遂げることだ。熊谷氏の講演では、大胆な経営改革の背景と具体的な取り組みや成果が紹介された。

GE の会長兼 CEO (最高経営責任者) であるジェフリー・イメルト氏。同氏は、2001 年にトップに就いてから数々の経営改革を進めてきた。「選択と集中」を徹底し、事業ポートフォリオを大幅に入れ替えている。

昨年には、GE 社史上最大の売買ともいわれた、金融事業である GE キャピタルの売却と仏アルストムの発電・送配電事業の買収を行っている。そのイメルト氏が打ち出した最新の経営改革が「デジタル・インダストリアル・カンパニーの実現」である。

GE が目指すデジタル・インダストリアル・カンパニーとは、ハードウェアとソフトウェアの事業を融合させて、顧客のビジネスを支援するソリューションを提供する企業のこと。もともと、ハードウェアの事業を主体としていた GE が、ソフトウェアの事業を取り込んで融合させていく形だ。GE ジャパンで 代表取締役社長兼 CEO を務める熊谷 昭彦氏は「ハードとソフトを両立するソリューション カンパニーは、過去に存在していません」と語る。

産業用に特化したクラウド基盤を開発

2011 年には、米シリコンバレーにソフトウェアの研究開発拠点である「GE グローバル・ソフトウェア センター」を開設。約 10 億ドルを投資したこのセンターでは、約 1200 人のソフトウェア技術者が勤務する。ここで開発が行われ、今後のデジタル・インダストリアル・ビジネスで中核を担うのが、マイクロソフトのクラウド基盤「Microsoft Azure」上で稼働する「Predix (プレディックス)」である。

「Predix は産業用に特化したクラウド サービス基盤で、中核となる機能はビッグ データの集約と分析です。GE では、これを活用して過去に類を見ないサービスを創出し、新たな事業の柱にすることを目指しているのです」と熊谷氏は話す。

例えば、航空機エンジンを製造・販売する米 GE アビエーションが開発した「フライトアナリティクス」というアプリケーションでは、航空会社が運用中のエンジンに取り付けたセンサーからの情報や気象データなどをクラウドに集約。これを分析することで、燃料を削減するためのナビゲーションや、航空会社の運航管理などのサービスを提供している。

GE は、Predix をグループ企業で活用するだけでなく、他社が利用できる PaaS (Platform as a Service) としても提供中だ。

クラウド基盤を軸に 3 つの原動力で変革を推進

今回の企業変革には、3 つの原動力があるという。「サービス変革」「サプライチェーン変革」「カルチャー変革」の 3 つだ。

最初の「サービス変革」とは、同社が提供するサービスをデジタルテクノロジーによって変革することを指す。もともと、ハードウェアの製造・販売を主体としていた GE にとって、サービスは製品の販売促進ツールという位置付けだった。一昔前には、同社のサービスといえば単純な修理業務のことを指していた。

しかし、サービスの中でデジタルテクノロジーの活用が進むとサービス自体も進化。これに伴って、その位置付けも変化していく。2000 年ごろには、サービスの主体は長期保守契約となり、大きな収益に結びつくようになった。機器の販売額よりもサービスによる売り上げの方が大きい事業領域も出てきたという。

「現在は、Predix を活用して新たなサービスを次々と生み出している。機器の最適化やオペレーションの最適化、プロセスの最適化といったサービスはその代表例です」と熊谷氏は話す。

機器の最適化とは、顧客が運用中の機器や設備を遠隔地でモニタリングし、故障の予兆を検知して事前に保守したり、取り換え用の部品を最適にマネジメントしたりするようなサービスだ。一方、オペレーションの最適化とは、顧客の仕事におけるオペレーションの効率化・低コスト化に取り組むサービス。航空会社に対して、燃料を削減するような操作方法を提示するといったサービスだ。当初、サービスの対象は GE の製品だけだったが、現在は他社製品にも適用範囲を広げている。そしてプロセスの最適化は、顧客が調達する素材や生産サイクルを最適化するもの。顧客の事業における需要予測や、需要と供給のマッチングといったサービスを提供している。

顧客の利用機器を仮想空間で再現

マレーシアのエアアジアやアラブ首長国連邦エミレーツ航空などの航空会社向けのサービスでは、「デジタルツイン」という仕組みを導入。これは、顧客が運用しているエンジンから収集したデータを基に、その複製物をデジタル空間上に仮想的に再現するものだ。

同じ形式のエンジンでも、航空会社によって運用環境は大きく異なる。例えば、日本航空の航空機はエミレーツ航空ほど砂漠の上を航行しない。デジタルツインでは、運用中のエンジンからデータを収集して、部品の使用状況や消耗度をリアルタイムに仮想空間上に再現。これを分析して、どのような保守が必要になるかを予測する。この取り組みによって、GE では数千万ドルのコストを削減できているという。

日本でも、火力発電に GE 製のガスタービンを利用している東京電力フュエル & パワーに Predix を利用したサービスを提供中だ。ガスタービンだけでなく他社製品も含めて、設備内の機器に取り付けたセンサーからのデータをクラウド上に集約。保守の最適化やプロセスの最適化に関するサービスを提供している。

最近では、既存の顧客以外にもサービスを提供し始めている。この例が、日本国内における建築材料・住宅設備機器業界最大手の LIXIL のグループ会社だ。

「LIXIL トータル サービス様には、Predix を通して、戸建て住宅向けの浴室設置工事における人員配置を自動化するツールを提供しています」と熊谷氏は言う。人員配置は、どの業者をどの現場にあてるかを決めるもので、毎朝発生する業務。LIXIL では、これまで経験と勘に基づいて手作業で処理していたが、現在は完全に自動化されている。

「現場の生産性を向上しようという思いは、日本の製造業の DNA に埋め込まれています。Predix を活用して業務を効率化する取り組みは日本の製造業に受け入れやすいと思っています」と熊谷氏は語る。

仮想空間で製品や工程を検証改善策は現実の世界へ反映

GE は現在、全世界に 400 拠点の工場を持っている。これらをデジタルテクノロジーで結んで可視化し、業務を効率化する取り組みを行っている。これは 2 つ目の「サプライチェーン変革」だ。

同社では、これらの工場を「ブリリアントファクトリー」と呼んでいる。ブリリアントファクトリーでは、3 次元 CAD (コンピュータによる設計) などの仮想的な環境で設計された製品を、仮想空間上の製造工程で組み立てのシミュレーションを実施。ここで検証された製品および製造工程が現実の製造現場に反映されるという仕組みになる。

さらに、現実の製造現場の状況は、仮想的な製造現場へフィードバックされる。現実の世界で何らかの問題が起これば、仮想環境で検証し、改善策が現実の世界へ反映される。将来は工場内部にとどまらず、サプライチェーン全体で同様な仕組みを構築する計画だ。現在、400 拠点のうち 7 か所がブリリアントファクトリーのモデル工場として稼働している。

GE ヘルスケア・ジャパンが東京都日野市に設置している工場も、その 1つ。ここでは、工場内を流れるパーツに RFID (無線 IC タグ) を装着。作業者の動きも、ビーコンを使って検知している。PC で、パーツと作業者の動きを示す「スパゲティチャート」を閲覧できるようになっている。リアルタイムの動きを把握できるほか、12 時間前までのスパゲティチャートを表示することが可能だという。

GE Value を捨てて新たな行動指針へ

そして最後の 3 つ目が「カルチャー変革」だ。ただし、その道のりは決して平坦なものではなかったという。GE は長年、ハードウェアの製造・販売を主力事業としてきた。そのため、デジタル・インダストリアル・カンパニーとして育成すべきソリューション事業を受け入れられない企業文化があったのだ。

「いくら良いツールや環境を整備しても、それを使う社員のマインド セットが変わらなければ変革は進みません。GE でも当初は、こうした状況に陥ろうとしていました」と熊谷氏は語る。

ハコを売るのではなく、ソリューションを売る。そのソリューションは必ず、お客様のアウトカムにつながるようなものにする —— 社員を、こうしたマインド セットに仕向けるために同社が活用したのが、① 全世界共通の新たな行動指針「GE Beliefs」、② 新しい働き方を提示する「FastWorks」、③ 社員の行動の変革を促進するための評価制度「Performance Development」—— の 3 つだ。

イメルト氏の先代の CEO であるジャック・ウェルチ氏が経営していた時代から、同社の成功物語に必ず登場するキーワードがある。それが「GE Value」だ。GE Value は、全ての社員に対する行動指針であり、人事評価制度の指標の 1 つでもあった。GE の社員にとっては、いわばバイブルのような存在だ。

それにもかかわらず、同社は今回の企業変革で、それを捨て去る。新たに「GE Beliefs」という行動指針を導入したのだ (図)。この両者の違いを熊谷氏は次のように語る。

GE Value - External focus (外部志向)、Clear Thinker (明確で分かりやすい思考)、Imagination & Courage (想像力と勇気)、Inclusiveness (包容力)、Expertise (専門性)、常に揺るぎないインテグリティを持って。GE Beliefs - Customer Determine Out Success (お客様に選ばれる存在であり続ける)、Stay Lean to Go fast (より速く、だからシンプルに)、Learn and Adapt to Win (試すことで学び、勝利につなげる)、Empower and Insprire Each Other (信頼して任せ、互いに高めあう)、Delevier Results in an Uncertain World (どんな環境でも、勝ちにこだわる)。

「実は示している内容は、大きくは異なりません。GE Value が『GE の社員は、こうあるべきだ』ということを示していたのに対して、GE Beliefs は『今は完璧でないかもしれないが、このような方向を目指そう』ということを示しています」

経営環境の変化が激しい現在は、同社に限らず、変革を継続していかなければ勝ち残っていけない。あるべき姿を示すのではなく、変革の方向性を示すことが重要なのだという。

皆さんのやり方ではダメなんですよ

2 番目の「FastWorks」は、製品・サービスの開発プロセスにおける意思決定や行動に俊敏性を求めるキーワード。重厚長大となった同社のプロセスをシンプルにするという狙いもある。

これを学ぶために、イノベーションの起こし方を紹介した書籍「リーン・スタートアップ」の著者であるエリック・リース氏を講師に招いた。リース氏は最初に役員会に参加。スーツ姿で居並ぶ役員たちの前に T シャツとジーパンといういでたちで現れたリース氏は「これからは、皆さんのようなやり方ではダメなんですよ」と話し出した。30 歳代の若者にこう言われた役員たちは、最初は「この若者は、何を言っているんだ」と思ったものの、話を聞くうちに、彼の話がだんだん腹落ちしてきたという。

後日、リース氏はコンサルタントとして GE に招き入れられる。そこで、製品・サービスの開発プロセスを中心とした働き方の手法をつくった。それが FastWorks だ。その要諦は「小さく早くスタートして、走りながら調整し、走りながらアップグレードする」ということである。

これが社内に提示された当初、様々な部署から反発の声が上がった。とりわけ、技術開発部門からの声が大きかったという。「徹底的に時間をかけて完璧なものを作って、それから世の中に出す」ということが、GE の企業文化だったからだ。

これに対して、経営陣はソフトウェアのビジネス モデルを例に挙げて、説得したという。「ソフトウェアの場合、完成品を出しても翌年にはバージョンアップされる。これと同じような形態でビジネスを展開するのだ」と説明した。こうした地道な努力が功を奏し、社内の風土は、徐々に FastWorks の精神に変わってきたという。

「私たちのようなベテランの社員が追随するのは大変ですが、現場はデジタル・インダストリアル・カンパニーに向けて確実に変わってきていると実感します」と熊谷氏は手応えを示す。GE は現在、そして未来にわたって企業変革を続けていく考えだ。

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