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業界

仕事の間の “ゆとり” が生産性向上のカギ。IoT が、その可能性をさらに広げる ~有識者による誌上講義 – 第 3 回 西成 活裕教授

第 3 回 西成 活裕教授

「働き方改革」が国を挙げた重要施策となっている。企業には、生産性を向上し、社員のワークライフバランスを実現する施策が求められているが、一方で、具体的にどう進めればよいのか、方針が見えずに悩む経営者も多い。そこで有効なヒントとなり得るのが、蟻や車の移動様式の検証を経て確立された「渋滞学」の考え方だ。

これを IoT と組み合わせることで、これまでにない働き方を具現化することが可能になるという。

東京大学 先端科学技術研究センター 工学系研究科航空宇宙工学専攻 (兼任) 教授
西成 活裕氏

プロフィール
1967 年東京都生まれ。数理物理学者。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程を修了後、山形大学工学部機械システム工学科、龍谷大学理工学部数理情報学科助教授、ケルン大学理論物理学研究所客員教授などを経て 2009 年より現職。
現在は、IoT 関連の各種コンソーシアムのメンバーも務める。専門は数理物理学、および渋滞学。

著書に『渋滞学』(2006)、『無駄学』(2008)、『逆説の法則』(2017) など。『渋滞学』は、講談社科学出版賞と日経 BP ビズテック図書賞を受賞した。

■国が旗を振る今こそ、働き方改革に取り組むチャンス

現在、政府が日本経済再生に向けたチャレンジと位置づけ、推進している「働き方改革」。まず私は、この改革が国によるトップダウンで推進されることが、非常に意義あることだと捉えています。というのも、例えば長時間労働の是正を目的とした時短の取り組み 1 つをとっても、企業が独力で行うには大きな障壁があるからです。

仮に取引先企業が自社の担当者に対し、夕方に連絡してきたとしましょう。その際、担当者が時短勤務で既に不在となれば、「こんな時間に帰ってしまっているのか」と、心象を損ねてしまいます。もちろん、取引先も時短の必要性は理解していますが、人間心理として、どうしてもそうした感情が芽生えることはあるはずです。

その点、国全体で推進するということは、取引先にとっても時短が重要ミッションとなり、先のようなシーンでも、互いの取り組みを理解し合って会話が行える。この土壌が整うということになります。

ただ、一方では課題もあります。確かに政府が推進する意義は大きいのですが、具体的な施策の中身には触れられていないため、企業は何に、どう取り組めばいいのか、悩んでいます。実際、多くの企業はこれまでも長時間労働の削減やワークライフ バランス実現などに向けた努力を続けてきています。この上、何が可能なのか、アイデア捻出に苦心しているというのが本音でしょう。

■“ゆとり” を持たせることが生産性向上につながる

こうした状況の下、私にも、働き方改革の進め方に関する相談が多数寄せられています。過去 20 年以上にわたり研究してきた「渋滞学」の見地から、何か有効なアドバイスが得られないかと期待されているわけです。渋滞学の研究の中で私は、なぜ道路で自動車の渋滞が発生するのか、そのメカニズムを説き明かし、それを踏まえて渋滞の発生を防ぐための対策を考案し、実証実験などを通じてその有効性を証明してきました。

この渋滞学が、なぜ働き方改革と結びつくのか。それには、まず渋滞学の何たるかを説明する必要があるでしょう。

研究に取り組むことにしたきっかけは、「蟻の行列ではなぜ渋滞が起こらないのか」という素朴な疑問でした。皆さん、蟻の行列は見たことがあると思いますが、その行列が渋滞しているところを見たことがある人はいないと思います。それは、なぜか。実は、行列を成す蟻 1 匹 1 匹が、自分の前を進む蟻との間に十分な距離を取っているからなのです。

そもそも道路の渋滞は、前の車がブレーキを踏み、それを受けて後ろの車がブレーキを踏み、そのまた後ろの車が……というように、ブレーキ操作が後方に伝播していくことで引き起こされます。また、ドライバーがブレーキを踏む要因は、運転スキルの相違や車自体の性能、あるいは太陽光や風といった外的要因までの様々な「ぶれ」にあります。

それぞれの車が十分な車間距離を取って走行していれば、ぶれは吸収できる。結果、前の車がブレーキを踏んでも、後方にブレーキ操作が伝播していくことはなく、渋滞も発生しません。実際、私が高速道路で行った実験の結果でも、車間距離を維持して走ることで渋滞は起こらず、目的地にも早く到着できることが確認できました。

また当然、車間距離をあけておけば、急な飛来物や衝突事故などのリスクも回避しやすくなります。私は、蟻という種が、2 億年もの長きにわたって脈々と存続し得た要因の 1 つも、この“蟻間距離”にあったと考えています。

前置きが長くなりましたが、この理論は、働き方にもそのまま当てはまります。経営者にせよ、従業員にせよ、一般に私たちは、より多くの仕事を短期間でこなすため、スケジュールを目いっぱいに詰め込んでしまいがちです。このような、作業と作業の間が隙間なく埋められている状態は、車でいえば「車間距離ゼロ」で走行している状態。ところが、仕事におけるぶれ、例えば「会議が予定より 10 分延び、その影響で次の会議への参加が遅れた」「調達した部材の配送が滞り、使用予定日に間に合わない」――。これらを吸収できる隙間がなければ、あとの仕事にどんどん影響が伝播し、渋滞、ときには玉突き事故となってしまうでしょう。このまま生産性向上やワークライフバランスを実現しようといっても、無理な話です。

大事なのは、“ゆとり” です。実際の事例を基に、そのメリットを紹介しましょう。

私が相談を受けた、ある銀行の役員のケースです。それまでは毎日、顧客や取引先とのアポイントをスケジュールにびっしり入れていたため、メールを確認する時間さえ十分に取れていなかったそうです。そのため苦肉の策として、その役員あてのメールを部下がプリントアウトし、会議中にそれを横目で確認する、という手順で日々のメール チェックを行っていました。

これは、あまり効率的な方法とは思えません。そこで私は、1 日に会う人を 1 人だけ減らし、その分の時間をメール チェックに充てることを提案しました。結果は成功。本人が見るので、要返信のメールとそうでないメールの切り分けが行えますし、返信もタイムリーに行えるようになりました。また、「メールを出力して会議中に渡す」という仕事が不要になった結果、部下の仕事も減らすことができ、部全体の生産性向上効果も生まれたそうです。

このように、業務に “ゆとり” を持たせることは、一見、生産性低下を招くように見えますが、長期的にはむしろ生産性を高める効果がある。これが、私が渋滞学の見地から導いた働き方改革の要諦です。

■IoT や AI が生産性向上と満足度向上をもたらす

加えて、これからの働き方を考える際、カギになるのが IoT です。私は 2 年前に IoT をテーマとした海外調査に出向いたのですが、そのとき目にした光景に衝撃を受けました。

その町では、路地のところどころに大きなゴミ箱が設置されており、貯まったゴミは収集業者が定期的に回収する仕組みになっていました。改革のポイントは、各ゴミ箱にセンサーを付け、中身が一定量を超えたら業者に通知する仕組みを構築していたことです。これにより、収集スタッフは通知のあったゴミ箱にだけ収集に向かえばよくなります。センサー設置以前のように、すべてのゴミ箱を巡回し、場合によっては空っぽで無駄足に終わるといったことはなくなったわけです。これは非常にシンプルですが、IoT のテクノロジーを使った働き方改革の一例と言っていいでしょう。

もう 1 つ、国内の例を挙げます。その企業は従来、事務用品を各部門それぞれのバックヤードにストックしており、物品の残量は社員が都度、確認していました。そのための業務負担があったほか、どのタイミングでどのくらい発注するかは社員の感覚に依存しており、複数部署で同じ品物を発注するムダも多々発生していたといいます。

そこで私が提案したのが、保管場所を 1つにまとめ、残量をセンサーで検知して自動発注する仕組みでした。例えばコピー用紙なら、積み上げた用紙の高さがある線を下回ったら発注する。この仕組みを導入することで、社員が事務用品の欠品を気にする必要はなくなり、発注作業の手間もいらなくなりました。また、年 600 万円程度かかっていた事務用品コストも半分程度まで節減できたそうです。これも IoT で働き方を変えた一例です。

さらに、そうしたシンプルな仕組みばかりでなく、最近は IoT と画像解析技術や AI などの仕組みを併用して、定型業務の自動化を図ったり、あるいは人間の判断を補助したりするといった動きも進んでいます。

この先に見えてくる 1つの方向性として、「各人のスキルをクラウド上のシステムなどに登録し、IoT でそれらの人の稼働状況や “ゆとり” をセンシングしながら、ニーズに応じた人材リソースの企業間シェアリングを行う」というものがあります。つまり、「1 つの企業で働く」という固定的な働き方の解体です。

働き手の視点からいえば、特定の会社の社員として働くかたちから、様々な企業からの依頼を受けて働くかたちへの移行といえばいいでしょう。自分のスキルを必要とする企業の要請に基づき、それぞれのタスクを並列または順番に行っていく。つまり、誰もがポートフォリオ ワーカーになっていくという世界観です。

もちろん、これは理想像なので、今すぐに実現できるものではありません。ですが、こうしたニーズとスキルを瞬時に結びつけるシステム、人材リソースを融通し合うスキームを構築するための基礎技術は、既に世の中に存在しています。政府が働き方改革の実践を呼びかけている現在は、こうした “究極の働き方” の可能性を模索する上でも絶好のチャンスとなるはず。実現できれば、圧倒的な生産性向上と、働き手の満足度向上が期待できます。ぜひ、企業は、こうした視点も持ちながら、積極的な取り組みを展開してほしいと思います。

今回の講義のまとめ

  • 仕事間の “ゆとり” なしに生産性向上は望めない
  • IoT は理想の働き方を描く上でも強力な武器になる
  • 国が主導する今こそ企業は働き方改革を推進すべし

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