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業界

【インタビュー】「塚田農場」のVR研修は食肉処理もリアルに体感!アルバイト研修になぜVRを導入したのか

※ この記事は 2017年12月14日に DX LEADERS に掲載されたものです。

契約農家で生産された食材を直接お客様のテーブルに届ける“Farm To Table”を掲げる居酒屋「塚田農場」。市場を介さずに生産者からみやざき地頭鶏(じとっこ)を直接購入するビジネスモデルにより、高品質の地鶏を安く提供できることから好評を博している。

運営するのは、飲食業界の異端児とも囁かれるエー・ピーカンパニー。「第一次産業を活性化させる」「食のあるべき姿を追求する」というミッションのもと、地鶏の生産から加工、販売までを一本化した「6次産業」のビジネスモデルを確立。生販直結により販売価格を抑え、生産者、販売者、消費者すべてのステークホルダーのALLWINを目指す企業だ。

2001年に八王子で一店の居酒屋として創業して以来、2006年には自社農場設立、2007年から塚田農場を展開、2013年に東証一部上場を果たすなど躍進を続けている。食へのこだわりはもとより、人材の育成にも注力している。

なかでも、2017年7月からスタートして注目を浴びた取り組みが、店舗アルバイト向けのVR(仮想現実)研修。養鶏場や加工センターの仕事を当事者の視点で体験することを目的に導入したという。その目的を探る。

現場を支えるアルバイトだからこそビジョンも共有したい

現在、全国に約200店舗を展開、5000人あまりのアルバイトを抱えている塚田農場。慢性的な人材不足が叫ばれる飲食業界において、「塚田農場のアルバイトは楽しい」と口コミが広がり、応募してくる若者たちが後を絶たないという。その理由のひとつに、塚田農場ならではのアルバイトへの権限委譲がある。VR研修の前段として触れておこう。

「通常、居酒屋に限らず飲食店では、注文通りにメニューを提供して終わりです。しかし、塚田農場ではたとえば地鶏メニューを提供した後も、少し違う食べ方をしていただくため、違う薬味やにんにく味噌などを一緒に出したり、少し冷めてきた頃にまだ残っているようであれば、さっぱりとしたおろしポン酢を出したりと、お客様に喜んでいただけることだけを考えて行動できるよう、アルバイトが自主的にサービスを判断できる権限を持たせています。」

そう話すのは、営業企画部の相良朋太氏。目の前にいるお客様に喜んでもらうためにできることは何でもやっていいというスタンスが、塚田農場ならではの特長だという。

塚田農場 営業企画部 相良朋太氏

「原価が上がる」「オペレーションが乱れる」など、色々なコストが生じることも考えられるが、店外で割引をするよりも、来店客へのサービスに対して権限を持たせることでサービスも向上し、アルバイトのモチベーションも上がると捉えている。事実、塚田農場のリピート率は60%と高く、接客の良さは評判だ。

そこで、本題のVR研修である。

「アルバイトのサービスの質が来店者の満足に直結します。そのため、お客様の最も近くで接するアルバイトと、しっかりと会社としてのビジョンを共有したいと考えています。」(相良氏)

「第一次産業を活性化させる」「食のあるべき姿を追求する」というビジョンを理解するにあたっては、生産者を知ることが不可欠だという。

「これまで座学の研修をはじめ、アルバイトを含めた従業員の研修の一環で、産地を知るための機会を設けてきました。たとえば、『AP万博』と呼ぶ社内イベントでは、生産者や加工に携わる子会社のメンバーを東京に招いてアルバイトたちとの交流を行ったり、社内コンペの賞品として宮崎や鹿児島の生産者たちを訪問し、体験見学できる研修旅行をプレゼントしたりと、実地で学ぶ機会も提供してきました。しかし、コストの面から、どうしても一部のアルバイトに限られてしまう点が課題でした。」(相良氏)

約5000人のアルバイトスタッフ全員を宮崎県に連れて行くとなると、莫大な費用が想定される。そこで浮上してきたのが、2Dの動画と比較してより感情移入できるVRを活用した研修だった。

「より効果的で費用効率も良く、現地を理解し感情移入できるものとして、VRが役立つのではないかと考えました。」(相良氏)

鶏の血抜きシーンも包み隠さない。徹底した産地目線のVR

こうして、映像からもう一歩踏み込んだリアルを伝えるため、VRによる研修を新たに設計するにいたった。発案から稟議、撮影を行うまでに掛かった日数は約2か月。開発コストは数百万円程度に抑えることができたという。

映像は、地鶏生産の要となるひなセンターの様子を収めた「聖域編」、鶏の成長段階ごとの飼育を地鶏農家の目線で追う「養鶏編」、食肉処理のシーンを映した「加工編」、それぞれ10分ほど3本に分けて制作した。

「聖域編では、ひなの孵化やワクチン接種、ひなの運搬の様子を映像に収めています。ひなセンターは感染症などを防止するため、関係者以外は滅多に立ち入ることのできない、まさに養鶏の聖域。しかしVR研修であれば、誰でもリアルな内部を見ることができるのです。」(相良氏)

上下左右約220°の広い範囲で映像が収録されているため、顔を動かすとあらゆる角度から見た映像を視聴することが可能。人の顔を見上げるような、ひな目線の映像も収録されている。

「動画素材については、地鶏の生産から加工まで保有していたものの、リアリティを追求するため新しく撮影しました。特に、自分がその場で作業しているかのような臨場感を出すため、撮影時の目線にはこだわりました。また、ここはどういう施設で、いま何の作業をしているのか分かるように、ナレーションでフォローしています。」(相良氏)

とりわけ地鶏が食材に変わる瞬間の「放血(血抜き)」の場面も映像に盛り込んでいることは注目に値する。地鶏を次々と放血していくシーンは衝撃的だ。

「放血では鶏の喉にカッターを差し込み、動脈をカットします。現地研修では、放血の体験も実施していますが、VRの映像でも作業をしているような感覚になります。もちろんデリケートな映像なので視聴は強制しませんし、視聴後に気分が悪くなったと話す人もいました。ただ、我々のスタンスとしては、経済動物として運命づけられた地鶏が食材に変わる過程から目を背けるのではなく、現実をきちんと知ることに重きを置いています。」(相良氏)

ちなみに、塚田農場が「屠殺(とさつ)」という言葉を使わずに、「放血(ほうけつ)」と呼んでいるのは、臭みを除去するための血抜き過程にこそ、「鶏の命をいただくことで自分たちが生かされている」という考えがあるからだそうだ。

「鶏を二度殺さないで」養鶏農家の想いをVRで伝える

養鶏から加工のプロセスを視覚的に学ぶだけであれば2Dの映像で充分かもしれない。しかし、VR研修では養鶏や加工のリアルを体感することで、感受性に訴えかけることを狙っている。実際にこれまでの価値観が揺さぶられ、視聴する前後では行動も変わってくるという。

「スタッフ一人ひとりが個人レベルで、物の見方が変わり視野が広がっているように感じます。VR研修を終えたアルバイトスタッフからは、『最高の素材を、最高の状態で提供することをこれまで以上に大事にしたいと思うようになりました』という声や、ホール担当からは『一食でも多く、残さずにお客様に食べていただくためにどうしたらいいか深く考えるようになりました』といった声などが聞かれました。こうした想いが原動力になれば、スキルや接客力の向上にもつながっていくと考えています。」(相良氏)

命ある鶏の存在があってこそ、養鶏業や加工業が成り立ち、販売できる自分たちがいる。こうした“腹オチ”により、主体的に働くことができるのだろう。

塚田農場 営業企画部 相良朋太氏

「ある養鶏農家の方が、『鶏を二度殺さないでください』とおっしゃっていたことがあります。一度目は食材に変わる瞬間でそれは仕方がないことですが、二度目というのは、食べられずに捨てられる瞬間のことを指しています。もし、アルバイトがただの肉の塊として見ているようであれば、破棄することもためらわないでしょう。しかし、見方が変わり想いが乗ってくると、どうしたら全部美味しく食べてもらえるか、知恵を絞ろうとするはず。アルバイト一人ひとりがVRで飼育や加工の仕事を体感することで、生産者の方々の想いをバトンとしてつないでいけるのではないかと考えています。これが、VR研修の価値だと思っています。」(相良氏)

VRによる体感が仕事への熱意に変わり、それは来店客にも伝わるものだ。たとえば、養鶏農家の人がどのようにして鶏を育てているかを手作りのボードで伝える、鉄板に残った鶏の脂を使いご飯を作って提供するなど、真心のこもったサービスがユーザーから評価されているが、これらも店舗にいるアルバイトのアイデアや機転があってのことだ。

こうした行動を後押ししているのは、同社の教育・研修に対する熱意だろう。現在、30台導入しているVRだが、これからはゴーグルを増やし、実施店舗も拡大していく予定だという。これまでエンタメ分野での活用がフィーチャーされてきたVRだが、塚田農場のように教育研修に活かされる事例は今後も増えていきそうだ。

取材・文:末吉 陽子