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マイクロソフト業界別の記事

エッジ・コンピューティングの防衛領域での活用

(細井)
近年、防衛分野での IT 利用に関しては、クラウドや AI の技術が注目を集めてきました。クラウドというと、どこか遠くにある巨大なデータセンターにすべての計算機と情報が格納されていて、AI もそのような巨大システムの中で動いているようなイメージを抱きがちです。ところが、現在 IT の世界で進行しているもう 1 つの大きな潮流として、エッジ・コンピューティングと呼ばれる手法が注目を集めています。

現在技術革新が進められているエッジ・コンピューティングは、小型で高性能なプロセッサーやセンサー、カメラ、ディスプレイなどのデバイスを組み合わせた装置を現場のオペレーションに従事する人や設備に装着し、5G などの高速通信でクラウドと連携させる仕組みです。現場で感知される膨大な情報を瞬時に解析・共有しつつ、現場で最適なアクションを取れるように遠隔からリアルタイムで支援する仕組みを作ることが目指されています。

このような現場と中央の距離を大幅に縮める技術は、民間の製造・建設・交通・エネルギーなどの現場業務を変革するのみならず、さまざまな現場業務を抱える防衛の領域においても、状況認識や指揮命令のあり方も含め、効率や効果を大きく向上させる可能性を持っているものと感じています。

今回は、このエッジ・コンピューティングが持つ意義を防衛の部隊運用の現場に詳しい方にお聞きするため、陸上自衛隊や陸上幕僚監部で指揮通信システムの運用や研究に長く携わってこられ、現在は株式会社リアルビズの顧問を務めていらっしゃる河津忠次さんをお招きしました。

河津さん、いま私からエッジ・コンピューティングの技術動向について概略を紹介をさせていただきましたが、このように通信ネットワークを介して現場の情報を即時に収集したり現場での行動判断を支援するような技術利用の考え方は以前からあったものと思います。その中で最新の技術進化がどのような意義を持つのか、これまで続いている変革の流れの中での位置付けなどを教えていただけますでしょうか?

ミリタリーによる情報利用の革新とエッジの意義

(河津)
ミリタリーの歴史の中では過去に何度か革命的な変革が起きて来ました。古くはフランスのナポレオン時代に国民軍が出現したことによって組織や戦法が革命的に変化しましたが、情報技術もまた革命的な変革を引き起こす原因となりました。マイクロソフトの Windows OS が登場し PC があらゆる場に浸透していった頃から、新しい情報技術を軍事に取り入れることにより新たな革命が起こるであろうとの考えが広まりました。

1991 年のイラクによるクウェート侵攻に端を発した湾岸戦争において、米軍は豊富な機動力に加え、情報力の優位によって大きな成功を収めました。この経験から各国は、情報技術の持つ革命的な力に着目し、「情報 RMA (Revolution in Military Affairs)」の概念のもとにさまざまな研究を行なっていきます。米国では 2001 年に就任したラムズフェルド国防長官が変革を強力に推進し、「Network Centric Warfare (ネットワーク中心の戦い)」のようなコンセプトもこの頃に広まっていきました。

この時期に大きなインパクトがあったのが、指揮統制での「Common Operational Picture (COP)」、すなわち作戦への参加者が状況について同じ絵を共有することで、これにより作戦遂行のスピードを格段に速くすることができました。その中からは「Sensor to Shooter」、すなわち情報を取るところから火力を発揮するところまでの意思決定のサイクルを速くするコンセプトも生まれてきました。

ところが、ここまでは大戦力と大戦力が衝突する作戦行動での情報利用の革新であったのに対し、9.11 以後のイラクやアフガニスタンでの活動は、住民の中に混在する見えない敵に対峙することとなりました。このような新しい環境において、情報 RMA による革新的な能力を司令部が用いるだけではなく、末端の兵士にまで情報の力を与えることで戦いを変えていこうとする考え方が出て来ました。この頃に「Power to the Edge」という言葉が用いられはじめましたが、これは今日のテーマであるエッジ・コンピューティングと同様に末端 (エッジ) に力を与えようとするコンセプトです。

Tadatsugu Kawatsu Headshot

株式会社リアルビズ 顧問
河津 忠次 氏

(細井)
コンピュータの世界の流れで言いますと、1980 年代から 90 年代にかけてコンピュータとコンピュータをつなげていくところからサーバー型の構成へと進んで行きました。そして、エッジ側について明確に話が上がったのは 2012〜2013 年頃に「IoT」が言われ始めたところからです。いわゆる「モノのインターネット」をどうつないでいくかということで、それ以前には「ユビキタス」とも言われていました。

パソコンだけではなくデバイスやセンサーもつないでいくことで革新がもたらされるだろうと考えられるようになり、特に家電や自動車の領域で、センシングによりデータを集め、さまざまな情報を分析できるようになりました。そしてコンシューマーの世界からスマートフォンが登場し、エッジ側が情報を取られるだけではなく、情報を見ることができるようになったことが非常に大きな技術革新であったと思います。

(河津)
今のお話で思い出したのですが、かつて米軍による情報処理の研究ではリーチバックということが言われていました。コンピュータ処理に必要な膨大な量の施設を含むリソースを遠征先の現場で持つことは現実的ではないので、現場からデータを一旦米国本土に送り、本土でデータ分析を行った結果をまた現場に返すという処理の方法です。しかし、現在では現場側に処理能力を配置しやすくなったために方式が変化してきたということですね。

また、エッジ側から情報を取りに行けるようになったことは重要な革新だと思います。先ほどお話しした「Power to the Edge」のコンセプトも、それまではエッジ側から情報を吸い上げて上層部の意思決定に使用することが情報利用の目的であったのに対して、中央に集約された情報をエッジ側が引き出して末端での行動に活用しようという考えです。

(細井)
流通や製造の業界では、エッジから情報を集めるところは既にできており、そこから逆にエッジにフィードバックを返して行くところで技術革新が進んでいます。エッジから収集される大量のデータを分析するためにAIを活用し、分析結果に基づき意思決定のサジェスチョンを行い、現場側で即時にアクションを取る仕組みが作られてきています。例えばコンビニエンス ストアでは、その時の気象条件や人の動きによっていつどの商品が売れるのかを判断し、これを店舗の品揃えに反映させられるようになってきました。

このように情報を集め、分析し、サジェスチョンを出し、フィードバックを返す、という流れを作ることが防衛の領域でもメリットを発揮するようになり、エッジ・コンピューティングを活用しようとする動きにつながっているのではないかと現状を理解しています。

作戦環境の複雑化による情報処理の変化

(細井)
河津さんの先ほどのお話で、イラクやアフガニスタンにおいては従来と異なる作戦環境への対処が必要になったということでしたが、新しい環境とはどのようなものなのでしょうか?

(河津)
先ほどお話しした湾岸戦争の頃までは、戦いは通常戦力と通常戦力の間での対称的なものでした。それがイラクやアフガニスタンでは、国家ではない非正規の相手と戦う非対称の形に変化しました。米国をはじめ西側の軍は非常に苦労したわけですが、米国と敵対する可能性のある国々は米軍がなぜ苦労したのかを研究し、そこから出てきたのが「グレーゾーン事態」や「ハイブリッド戦」と言われる状態を意図的に起こすような作戦環境だと言われています。

相手は兵士か兵士でないかわからない姿で住民の中に混在しているため、相手側の識別が困難です。どのような場所にいるかもわからないため、正規軍の側は小規模な部隊を広い地域に分散配置せざるを得なくなり、非正規側が局所局所で勝利を得やすい状況となります。

もう 1 つ重要なのが都市化です。世界中で都市への集中が進み、大都市が急速に発達していますが、非正規軍が大都市を舞台に選択すれば敵の識別は更に難しくなります。住民が巻き込まれることで混乱に拍車がかかり、作戦環境は極めて複雑化してしまいます。

(細井)
そのような作戦環境の変化は日本の防衛にも影響を与えているかと思いますが、現場のオペレーションではどのような問題が起こり得ますか?

(河津)
たとえばオリンピックのような大規模なイベントに世界中から人が集まる場合に、日本人と外見で見分けがつかない人があちこちで行動してもそれを識別することは困難です。また、近年はドローンへの懸念が言われていますが、突然ドローンが姿を現した場合に現場の自衛隊員にはそれがフレンドリーなのか否かがわからず、どう対応すべきか困難に直面することが予想されます。

旧来のやり方だと、識別に困った現場から、小隊長から中隊長へ、中隊長から連隊長へ、連隊長は師団の司令部に尋ねていくという手順を取ることになります。あるいは自衛隊から隣にいる警察に問い合わせることもあるでしょうが、いずれにしても必要な情報が得られるまでに多くの手間と時間を費やしてしまいます。

これに対して、出現したドローンに関する情報が現場に対して即時にプッシュされる仕組みがあれば、現場は大いに助かります。現場で最も困るのは「それが何なのか不明」という状態です。明らかに黒、明らかに白、のどちらかであれば対処を決めることができますが、グレーだと言われてしまうと動きが取れなくなってしまうのです。

先ほど大都市を部隊にした非対称の事態について述べましたが、死角が極めて多いことも現場での大きな困難となります。ビルの向こう側で何が起きているのか、あたかも自分が見ているかのように把握できる方法があれば大変有用です。

(細井)
お話を伺っていると、現在既に実現されているエッジ・コンピューティングの技術が貢献できる領域が多々あるように感じます。一方で、実際に新たな技術を導入するためには課題も多いのでしょうね。

通信ボトルネックの解消

(河津)
情報を末端から中央まで広く共有することの重要性は日本の防衛省・自衛隊でも広く認識されているものと思います。新技術の導入にかかる費用が今後更に低減していけば、利用は進むのではないでしょうか。

戦闘部隊ではエッジ・コンピューティングのような技術の意義は十分理解していますが、通信ネットワークを現場でどう確保すればよいかについて 20 年来悩んできました。しかし、防衛省では最近 5G の通信ネットワークを整備する方針を出していますし、ローカル 5G の技術も導入することによって、今後インフラは改善されていくものと思います。

また、補給や整備の部隊は通常は駐屯地や基地での活動が中心であり、行動中でも比較的場所の移動が少ないので、通信ネットワークの確保は容易です。当面の時間軸ではこういった領域から進めていくことも有益な進め方かと思います。

(細井)
先ほどリーチバックというすべてのデータを一旦中央に送って処理するかつての方式についてお話がありました。現在のエッジ・コンピューティングの技術を使えば、小隊が集めたデータをそのままフルセットで連隊司令部まで送り届ける必要はなく、小隊・中隊・連隊司令部といった各階層でそれぞれデータを処理し、処理結果の中から必要なものだけを通信ネットワークを介して別の階層に送れば良いことになります。そうすることによって通信ネットワークに求められる容量をかなり抑えられるはずです。

また、陸上では 5G の整備が進みますし、海上の艦艇が使用する衛星通信も民間の衛星コンステレーションにより高速化していきます。これまでは艦艇に搭載されている機器から出るデータのすべてを衛星回線で送るのは不可能だと言われていましたが、送信するデータを絞れるようになることと新しい衛星通信技術によってボトルネックは解消できるものと思います。

ミッション・コマンドと現場での情報共有

(河津)
作戦のスピードが組織階層のレベルによって違いますので、それぞれのレベルで必要とされる情報も当然違っています。情報技術を提供する企業の方々にその点を理解していただけるのは大変ありがたいことです。

何かのインシデントが発生している末端の現場では、そのインシデントに関わる情報が現場にいる者の間で即時に共有されることが重要です。作戦環境が複雑化し部隊が広域に分散して運用されてきた中で、「ミッション・コマンド」という指揮統制の形態が重視されるようになりました。これは、任務の目的を上層から明確に示した上で、個々の判断は現場に分権化して兵士の自律的な行動に委ねる形態です。これを実行する上で、現場が周囲の情報を得ることが極めて重要です。

少し別の観点として、これは米軍でも課題として認識されているのですが、A 師団の末端と B 師団の末端が同じような場所にいる場合に現場で情報を共有できるかという問題があります。通常の指揮命令系統からすればそれぞれの師団の上位に情報を送って司令部レベルで両師団の情報を交換することになるのですが、それでは現場での対処が間に合いません。エッジ・コンピューティングは、現場にいる者同士での情報共有を可能とする技術だと思いますので、これが実現できれば素晴らしいことです。

またさらに広げて考えますと、あるインシデントが発生している場所の周辺には同盟関係等にある他国の軍がいる場合が想定されます。インシデントの内容により二国間の取り決めや法制上可能な範囲で、米軍や他国の軍の末端との間で現場情報を共有することができれば極めて有益だと考えます。

エッジ・コンピューティングと IoT、クラウド、AI の関係

(河津)
私からも細井さんにお聞きしたいことがあるのですが、最近の情報技術ではクラウド・コンピューティングや IoT といった大きな流れもありますし、人工知能や機械学習の技術も急速に発展しています。エッジ・コンピューティングはこれらとどのような関係にあるのか、現場でどこまで高度な情報技術を利用できるようになるのかを、もう少し詳しく教えていただけますか?

(細井)
エッジ・コンピューティング、IoT、クラウド、そして AI の技術はこれまで各々の領域で進化してきましたが、現在ではそれらを融合できるようになってきたことが重要な点です。

エッジ・コンピューティングや IoT では、現場から情報を取ってくるプルだけでなく、現場に対して情報をプッシュすることが可能になりました。そこでプルしたりプッシュしたりする情報を分析するのが AI です。現場から送られてきた情報を蓄積し、AI で高度な分析をしてリコメンデーションを出すまでの処理を行う場所がクラウドあり、このリコメンデーションは司令部がアクションを取るのに使われるだけではなく、現場での判断に使えるようにエッジにフィードバックされます。

このようにエッジからクラウドに情報が送られ、クラウドからエッジにフィードバックするという一連の流れとして捉えることが重要であり、民間では既に手法として確立しています。海外ではこれを防衛領域に活用する事例が出始めており、日本でも利用が今後広がるのではないかと期待しています。

これらの技術を活用するプランを構想するためには、現場のデータをどう取り込み、どう処理し、どう戻すかという流れを一連のシナリオとして描く必要があります。個々の技術は民間でも防衛でも利用可能な形で既に存在していますので、それらの技術のパーツを防衛のニーズに基づいたストーリーに組み立てるのがこれからのステップではないでしょうか。

たとえば防衛省では 5G の実証実験を実施するとのことですが、そこでは現場のニーズを吸い上げた上で、エッジ・AI・クラウドを融合した上で通信ネットワークの基盤をどう作るかのシナリオ作りが行われるようで、このような取り組み方が新技術の利用を促進するのではないかと思います。

エッジへのデータ分散と情報保全

(河津)
新しい技術を採用する際には情報の保全が常に課題となります。いまお話しいただいたようにデータが現場とクラウドの間を行き来するとなると現場に分散配置される端末機器が多くのデータを処理する形になりますが、分散されたデータを保全する仕組みはどのように担保されるのでしょうか?

(細井)
かつてのデータセキュリティーでは、ネットワーク境界の内側と外側を区別して、危険な外側からの侵入をどう阻止するかという考え方が中心でした。その考え方によれば、中央から遠く離れた現場の分散環境はリスクが高く、通信にオープンなネットワークを使用するのであれば更に危険だと判断されました。

しかし、サイバー攻撃の手法が高度化した現在では、ネットワーク境界の内側、あるいはクローズドのネットワーク内部であれば安全だという考えは過去のものになっています。内部であれ外部であれ、すべてのアクセスを信用しない「ゼロトラスト」の考え方によって対策を行うことが必要であるとの認識が広がってきました。

具体的には、すべてのデバイスとユーザーの ID 認証を都度行うこと、アプリケーションとデータのアクセス権を厳格に管理すること、デバイスと通信を暗号化すること、などがその内容です。デバイスの暗号化では、TPM 2.0 というモジュールをデバイスに搭載することによって、暗号化で使用する鍵を安全に保管する手法が最近注目されています。また、5G ネットワークでは SIM 認証を用いた通信の暗号化も可能になりました。

これらの手法によって実現できるゼロトラスト・コンピューティングによって、場所がどこであるかを問わずに高度なセキュリティでデータを保護することが可能です。また、たとえクローズドなネットワークの中であっても同じ対策を行う必要があるのが現在の状況なのです。ネットワークは閉域の方が安心だという感覚は今も根強いと思いますが、得られる効果の大きさや費用を考えれば、最新のセキュリティ対策を講じながらオープンな環境を積極的に利用することが合理的なのではないでしょうか。

(河津)
新技術の導入は常に利便性とリスクの両面がありますが、脅威への対抗手段を進化させることによってネットワーク全体のデータ保全能力を底上げできるのですね。

(細井)
はい、そう言って良いと思います。今日お話ししたエッジ・コンピューティングや情報保全の技術は、それぞれ個別には既に利用できる形で存在しています。これらを組み合わせてどのように実際の現場で利用していけるか、今後に期待していますし、マイクロソフトとしても貢献していければと考えています。

河津さん、今回は貴重なディスカッションの機会をいただきありがとうございました。